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武庫女日文古典部 リレーエッセイ vol.12(2026年9月)
江戸時代もおいしい―料理本にみるグルメ文化―
羽生 紀子

かつて『イギリスはおいしい』というタイトルのエッセイがベストセラーになりました(林望著、1991年)。イギリスにはおいしい料理がない、という一般に抱かれがちなイメージに対して、実は豊かな食文化があるのですよ、と紹介した本です。一方、日本はいうまでもなくグルメ大国。さまざまな料理を楽しみ、新しい味を追い求める「グルメ魂」とでもいうべきものが、私たちにはあるようです。
こうした食へのこだわりは、豊かな現代ならではのものと思いがちですが、実は江戸時代の人々もかなりのグルメで、食には貪欲でした。
それがわかるのが、江戸時代に出版された数多くの料理本です。先駆けは『豆腐百珍』(1782年刊)で、100種類もの豆腐料理が掲載されています。料理は6つの段階に分類されています。前半の「尋常品」「通品」「佳品」は日常的に食べられているもので、木の芽田楽、焼き豆腐、なじみ豆腐など56品。後半の「奇品」「妙品」「絶品」はちょっと珍しいもの、非常に優れたもので、蜆もどき、光悦豆腐、揚げ流しなど、44品です。調理法は生、煮る、蒸す、ゆでる、焼く、揚げる、炒める、と、あらゆる方法が駆使されており、現代に負けず劣らず、さまざまな豆腐料理が存在していたことがわかります。
『豆腐百珍』は大好評で、翌年には続編が、さらに「百珍もの」として鯛、芋、大根、卵などの料理本が出版されました。これらの食材については多くの種類の料理があるのも納得なのですが、個人的に興味深いのは『海鰻百珍』(1795年刊)です。「海鰻」は鱧のことで、「はむ」とも呼ばれました。ここにはなんと、114種類もの料理が載っています。100種類を超えてしまっているためか、タイトルの「百珍」には「りやうり」(料理)とふりがなが振ってあります。鱧は関西でよく食されますが、私が思いつく鱧料理はせいぜい5種類です。料理本からは、食に対する尋常ならざる探究心、グルメ魂が伝わってきます。
「食べる」ことは、きわめて人間的な行為です。日常的で、ときには俗な営みでもあるため、古くからの雅な文学では、飲み食いそのものが前面に描かれることは多くはありませんでした。ところが、俗文学が花開いた江戸時代には、飲み食いもごく普通に文学に登場するようになります。『東海道中膝栗毛』(十返舎一九作、1802~1814年刊)には旅グルメが満載です。珍しい料理を追究する人もいれば、旅先の名物を楽しむ人もいる。江戸時代もまた、なかなかに「おいしい」時代だったようです。
【図版】挿絵は豆腐料理を作る「ふちや」の様子

(『豆腐百珍』/国立国会図書館所蔵本)