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武庫女日文古典部 リレーエッセイ vol.10(2025年8月)
万葉集の恋占い
影山 尚之
武庫女の学生さんには意外に神社仏閣好きの人が多いみたいです。ゼミ遠足でお寺を訪ねたら、じっくりと仏像や宝物を拝観し、ボランティアの方の説明にも熱心に耳を傾けているから感心します。御朱印を集めるとかおみくじを引くとか、楽しみはいろいろありますね。
生駒山の西麓、東大阪市東石切町に「石切剣箭神社」という神社があって、関西の人たちは親しみをこめ「石切さん」と呼びます。石を切り裂くほどの強い力を持つというので参拝の人が絶えません。昭和の風情を濃厚に残す参道にはたくさんの飲食店が並び、そして占いのお店が密集、順番を待つ列が長く連なるほどです。よく当たるというハナシをよく聞きます。
昔も今も占いに関心を寄せる人は多かったんだろうなあ、万葉集には自身の恋の行方を占いにたずねる歌がいくつかあります。
言霊の八十のちまたに夕占問ふ占正に告る妹は相寄らむ (万葉集巻11・2506)
玉鉾の道行き占の占正に妹は逢はむと我に告りつる (11・2507)
どちらも作者は男性、心に深く思う異性がいるのですが、まだ交際には至っていません。告白すらしていないのでしょう。で、彼はこの恋が実るかどうかを占ってみました。「夕占」とあるから時刻は夕暮れどき、「八十のちまた」は交差点のような場所でしょうか。「道行き占」というのもたぶん同じことで、道行く人に何かを問いかけてその答えの内容で吉凶を判断するのです。鎌倉時代の文献『二中暦』には次のような占い方が書かれています。
まず「ふなどさへゆふけの神にもの問へば道行き人よ占まさにせよ」という歌を3度唱え、道の辻に境の線を引き、そこに米を撒いて櫛の歯を3度鳴らしてから、境の中に入ってきた人に問いかけよ。
問いかけの具体例は書かれていません。でも、「あなたは何色が好きですか?」とか「今朝は何を食べましたか?」とかいう他愛のないことがらだったでしょう。その際に、「青」と答えたら吉、とか、「目玉焼き」と答えたら凶、とかをあらかじめ決めておくのです。問われた人はそういう占いのあることを知ってますから、みんな正直に答えてくれます。別に責任を負うことではありませんからね。
先ほどの2首の歌を詠んだ男は、期待通りの占い結果を得て「やった、これで彼女と仲良くできる!」と手放しに喜んでいます。単純な人です。ひょっとしたらイカサマ占いをした可能性もある。好都合の答えを導くような問い方を工夫すればよいだけのことですから。
言うまでもありませんが、占いの結果の善し悪しと恋愛の成就不成就は別のこと。次の2首は女性の歌ですが、どちらも「占いは吉と出たのに…」と落胆し、ウソツキの占いを罵ってさえいます。
夕占にも占にも告れる今夜だに来まさぬ君をいつとか待たむ (11・2613)
夕占にも今夜と告らろ我が背なはあぜそも今夜よしろ来まさぬ (14・3469)
恋の渦中にあって相手の気持ちを測るのはむずかしい。相手の心をこちらに繋ぎ止めておきたいと願うけれど、それができているかどうか心許なく、不安で…。せめて慰めを占いに求めようとするのは男も女も同じだったでしょう。
「言霊の」の歌を詠んだ人の恋がはたして幸福な結末を迎えたかどうか、あなたはどう思いますか?
【出雲・八重垣神社の水占い(影山撮影)】
◇次回もお楽しみに